店主酔言

書籍・映画・その他もろもろ日記

2004.10

 

 

 

 

 

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[ 銀鰻亭店内へ ]



10月2日(土) 曇のち晴

 例の如く片付け物に始まる休日。洗濯と掃除を終えたところで、かねて注文の棚が届いたので仮組みしてみる。やっぱ基本だよね!<ってコレ模型かよ?
 まあ、ユニット組の棚なんぞ、バリを取る手間も洗う必要もないし、接着剤がいらない模型より簡単ではある。しかし素材がスチールってのが難点で、とにかく体力を消費する。1/1スケールは大変だ。<違うってば

 草臥れ果てた反面、ひさびさに模型魂に火がついたので、作業場でパテの塊を相手に日暮れまで過ごす。リューターでガリガリやるので防塵マスクとゴーグル、それに盛り足しする際に必須のゴム手袋を装備し、いったいどこへ細菌戦をやりに行くのかという格好である。しかも、ふと我に返ってマスクを外すと、鼻の両脇にくっきりラインが入ってゴルゴ13みたいになってるんだよな。こんな姿を人様には見せられないので、自然『鶴の恩返し』よろしく密室に篭る仕儀となる、因果な趣味じゃのう。
 しかも、いくら換気をしても溶剤だの塗料だのの臭いが呪いの如く身に染み付くから、いきおい外でも他人に避けられるか、自ら避けざるを得なくなる。よく考えると恐ろしい趣味であるな。これは宝くじでもどかーんと当てて、二度と戸外へ出なくていい身になるべきではと思う。というワケで、そこんとこよろしくです神様。

 甲斐なき神頼みにも飽きた頃合で居間へ戻り、猫コタツ(先ごろ購入した、連中の専用品)に足を突っ込んで録画しといたアニメを観る。
 『ケロロ軍曹』はケロロ父の登場?話と温泉話。アニメゆえの際立った見所はあまり無いけれど、原作のカットへ丁寧にしっかり描き込まれている印象で楽しめた。次回は「わぁ…レベル高いやぁ」の雪合戦だとか、楽しみなことである。
 さて最終回の『鋼の錬金術師』は…ええと、穴がいっぱいというかご都合主義っつーか「なぁなぁイズム」ってぇか濁り茶ってゆーか。確かに落としどころの難しい展開だったとは思うんだけど、物理法則を精神論にすりかえて済し崩しに片付けられてしまった印象がどうしても拭えない。「これまで経験した全てが代償」って部分が特に納得いかん、それが通るならダンテやホーエンハイムにソレが為せない筈がないからだ。せっかく積み上げたストーリーの重みを帳消しにしかねない、設定レベルでの「あ、それ無し」は勿体無かったなあと思うのであった。もしかして映画のためのオトナの事情なんでしょうか?でもね、本体の完成度によっては映画観にいく人も自ずと考えちゃうと思うんでちゅけど?<子供ぶった論理


10月3日(日) 晴

 昨日組み上げた棚へ、60cm水槽の引越し。水を半ば抜き植物類を取り去り、中の生体を全て出してから残りの水と底砂を浚い、ようやく移動が可能になる。なる…筈…だったんだが。
 稚魚がいる。
 3ミリほどしか無いくせに、いっちょまえに体側の黒い模様をみせた、ボララス・マクラータの子供である。以前にも気付かないうちに産卵・増殖していたことはあったが、またぞろヤラカシていたらしい。まぁなんてふしだらな…そんなふうに育てた憶えはありませんよッ!じゃなくて、目につかないトコで増えてくれるなよ、さっきから水掻い出してはガンガン棄ててたんだぞ?2、3匹殺しちゃったかも?うわああああん!
 まぁ親が2〜3cmしか無いヤツらの卵を見つけるのはほぼ無理だし、そもそもフィルタの給水口に吸い込み防止策さえ取ってなかった中で生き延びるのは難しかったろう、その後でこういう天変地異(人の手になるものですが)に遭うのもまた淘汰ということだ。厳しいようだが、これも西部の掟さぁね。<どこだそれ
 …とか自分をなだめるまでもなく時既に遅いのは自明のこと、また今の水中にはどう探しても1匹しか見当たらない。死んでしまった(であろう)兄弟たちに瞑目し、唯一の3ミリちびを大人たちと一緒にしゃくい取り、仮住まいであるところの45cmへ引っ越したのであった。再度60cmへ移動するまで2週間の予定、大きくなって戻ってこいよ〜。

 かくて、ようやく空家となった60cmは丸洗いされ、新しい砂に植物類が配置されて再度セッティング状態となった。新しい棚にしたついでに高さも観やすいところへ上げたので、この先が楽しみである。とはいっても2週間はカラ運転、その後にエビを入れて様子見して、魚たちが新居に落ち着くには1ヶ月近くかかるのだけどね。
 ちなみに今回の引越では、長年親しんだ大磯から合成ものに底砂を切り替えた。ニッソーのハイドロテラリウム用のと、ADAの弱酸性タイプの混合である。茶一色に緑が映え、かつ陰影がきわだって美しい。生き物を入れるのが待ち遠しいなあ。さて、どういう水景ができあがりますやら。<吸い込み対策を忘れんよ〜に


10月4日(月) 晴時々曇

 『ヴァン・ヘルシング』を観る。スティーヴン・『ハムナプトラ』・ソマーズ監督、三大モンスター夢の対決!ってな期待はさのみ大きくなかったのだけど、それにしてもイマイチだったなぁ。
 この監督らしい、アクションてんこ盛りのジェットコースタームービーになる筈が、どうにもギクシャクしてる。場面ごとの繋ぎが悪いのだ。同人書きの子供じゃあるまいし「このシーンを見せたい!」だけでやっちまったように感じるんだよね。んでその各シーンに、観客を作品世界に引き込むだけの魅力が乏しい。奇天烈めいた小道具には目新しさが無く、では古式ゆかしき舞台造形はというとガジェットの寄せ集め感が否めない。シナリオも肝心な箇所の説明が上手くできてるとは言い難いし、何よりキャラが…なぁ。
 流されっぱなし主人公は措くとして、敵役、特にドラキュラ伯爵が、観ててぐったりするほど違和感まみれ。生ける死者らしい静謐も倦怠も持ち合わせず、登場から最期まで徹頭徹尾とにかくウルセェってのはどうなのよ。つか死人に繁殖させるな。パロディやるならまずは原典とはいわんまでも過去作品を模してくれ、崩してみせるのはその後だろうに。
 役者自体は悪くないと思う。『天使禁猟区』のアスモのおっさん(アスモデウス)に似たデカダンごっこの似合いそうな人だし。いっそああいうノリで、むっつりスケベだった方が納得いったかも。
 唯一、フランケンシュタインの怪物だけは、原作や過去作品をうまく踏んでいたと思う。そもそも冒頭の博士のセリフからしてファンにはインパクトが強いし、ラストの情景もまた然り。ただ、そのまま南極行きってぇのは可哀相だから却下ね…って、もしかして続編作るつもりまんまんで、そのヒキですか?


10月6日(水) 晴

 出勤しようと戸外へ出たら、雪虫が舞っていた。正確にはトドノネオオワタムシとかいう、アブラムシの仲間だそうで要は害虫なんだが、夏の盛りにはニコチン液ぶっかけた相手でも、冬を前に儚げにふわふわしてるのを見ると追う気にもなれない。息を吹きかけただけで死んでしまうシロモノを避けようと、自分のMPが下がりかねない「ふしぎなおどり」ポーズで庭を横切るのであった。ま、本物の雪が来るまでの辛抱ってことで。<それまでやるのか?

 『PLUTO(浦沢直樹/著、小学館)』を読む。
 大・手塚の、それもアトムシリーズ屈指のドラマ「地上最大のロボット」をリメイクしようという試みには大いに興味があったが、週刊ペースで読めば次が気になってイライラするか内容を忘れるのは目に見えており、コミックが出るのを楽しみに待っていたもの。待った甲斐はあった!
 手塚ワールドそのままに、いわば知的な異種生命であるロボットがいる世界。かれらの一人を主軸に据え、オリジナルの事件を「捜査」させるというミステリ仕立ての、ヒキが強い。またそこへ、感情をもつ機械としてのロボットたちのドラマが展開するのだが、この膨らませ方が上手いのなんの。特にノース2号のエピソードが泣かせる。作者の『パイナップル・アーミー』とか『マスター・キートン』とかでも類似パターンの話は結構あるのに、無機物であるはずのロボットが何でこんなに感動させるのやら。つか、この話、確か保父さんロボットもいたよね。今から覚悟しておく必要がありますか?
 独特な服装の「モグリの医師」がさりげに登場したりして、手塚ワールドへのオマージュも忘れない辺りも、先を楽しみにさせるものがある。ただ問題は、続巻が出るまでイライラしつつ、内容を忘れないよう読み返さねばならんということだな。ひょっとして週刊誌買うべきだったのか?


10月8日(金) 晴

 『ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以後(塩野七生/著、新潮文庫)』11〜13巻を読了。ええと、疲れました。量じゃなく、質に。
 序段の頃の細密な調査っぷりも続く時代の鮮烈な印象も消えうせ、ひたすらハジケちまってる。死せるカエサルの神格化を描く前にもう「神キタ―――――(・∀・)―――――!!」みたいで、ちょいと痛いほど。
 もとよりカエサルへのラブレターとして書かれたものだというのは承知のうえ、贔屓の引き倒しに見える部分も微笑ましく読み続けてきたけれど、主役登場の準備段階とはあまりにも筆遣いが違いすぎてついて行くのが辛い。フェアな見方も損なわれ、特にクレオパトラに対する評価は手厳しいを過ぎて酷なばかり、同性ゆえの近親憎悪か「アタシだったらもっと上手くやるわよ」とでも言いたげな嫉妬めいたものまで感じたのは僕だけか。確かに己の「情」のみで国を傾けた女性ではあるけれど、当時のエジプトの内憂外患、また神の現身としてのプライドやローマに圧迫感を感じずにいられなかったろう民族意識なども察せられると思うのだが。○○様ファンクラブの派閥争いみたいなされようは貴方に相応しくないですぜ「寛容」に接しておやんなさいよ姐さん、同じ男に惚れた女同士でしょうに。<だからダメなんだろうが

 とはいうものの、カエサル退場後のパワーゲームに至っては徐々に冷静さが戻り、また歴史リポートに復しそうなので安心。特にオクタヴィアヌスについて、序段のハンニバルと同じように、持ってたイメージがかなり変わった。なにせ世界史で教わるのは「アントニウス&クレオパトラを倒して初代皇帝になった」ぐらいなもん、小説などでも頭デッカチの冷酷中年ってな印象だったのだが、18歳でカエサルの後継者に指名されたとは意外そのもの。歴戦のおっさんがたに囲まれて、さぞやプレッシャーの多かったことだろう、胃腸虚弱にもなるわなと、一気に天秤が傾いてしまった。あと24歳の時のエピソードも笑える。「それでいいのか?」とツッコミたくなる彼の後半生がどう描かれるか、興味ぶかいところではある。つか「カエサル」と比して、いや、かの名を何度重ねて表現されるのかって気もしないではないですけどね。


10月9日(土) 曇

 魚用の換水道具(ポンプをバケツに固定するクリップと、ホース用のシャワーノズル)を探しに、近在のホームセンターへ。しかし物の並びに連続性が無く、非常に見づらい。あっちへこっちへ店内を横断しても見つからず、諦めて帰りしなに100均に寄ったら、探していたものが全て揃っていた。なんつーか、このテの店が流行る理由を目の当たりにした気がするな。

 ついでのことに店内をウロウロと、商品ラインナップをひやかして歩く。以前に訪れたのはそう前では無いのだけれど、それでも品数が著しく増えていて驚いた。しかし、種類が増えることで用途が細分化し、かつ固定的にしか使えないものが多くなってるのはちょいと痛いな。こっちの好き好きで何を入れてもよさげだったプラ容器が姿を消し、例えば調味料にしか使えない形状のが棚を占めている。商品としては特化してるほうが売りやすいのだろうけど、てけとーな素材を集めて道具を作る模型趣味には細工がしにくくて却って迷惑な気がしないでも。いや、まぁ、こういう本筋から外れた客こそが迷惑でしょうけどね、はい。

 で、インテリア小物関係のところまで来たら、これは以前にも目にしたことのある小さな民芸家具が並んでいるのに出くわした。ミニミニサイズというか、1/8〜1/10程度のもので我が家の住人の趣味には合わないし、作りも当然アラだらけ、今日もまたスルー…と行きかけたところで、これはPinkyにジャストサイズでは?と気付いてしまった。
 気付いたからには生きては、いや手ぶらでは帰れない。畳数枚とちゃぶ台を求め、いそいそ帰宅。で、手持ちの食玩から小物を見つけ、ささっと撮影したのがこれ
 鄙びた旅館の一室風、あとは浴衣コスのボディなど作ればパーフェクトでは。もちろん、その際は卓球ラケットも必須だと思うのだが、どうっすかね?<問うなダメ人間


10月10日(日) 曇時々晴

 本土上陸後に急加速した台風が、しかし唐突にコース変更して外れた朝。揃ってのたのた起き出しコンビニへ赴き、求めたジャンクな朝飯を公園でぱくつく。犬の散歩をする人、休日ならではの父子連れ、色づく木々の葉と、実に牧歌的な風景であった。
 池のど真ん中ででかい面して浮いてるカモメを除けばであるが。つか海に帰れ!

 熱帯魚達の水替えを済ませた後は、近在の大型スーパー内にあるというこのテのショップを訪ねゆく。が、なぜか昨日と同系列の100均の、それもでっかいショップを見つけてしまい、小一時間もうろうろ。しかも気が付くと買い物カゴ一杯にアイテムを集めているから恐ろしい。まあ、容積の大半はねこまがかねて探してた人形ケースを大喜びで積んだものなので、重さも大したことはないんだけれど。
 で、肝心なショップの方でも、探していた生体を見つけられて非常に嬉しい。もっとも、60cmはまだ立ち上げ直し中、今買うわけにはいかないのだけど…って、キミキミ、なんでレジに並んでますか?なに?カメ?
 相方の手には、カメの形のエアレーション用ポンプ(60w)が。あの〜、ウチにポンプが幾つ余ってるか、知ってる?
 ねこま「だってコレ可愛いし〜」
 いや、その、可愛くても所詮はポンプなんだよ?ねえ?ねえってば?

 さっくり無視され、荷物を抱えて帰宅してからの徒然には、昨日録画しておいた『ケロロ軍曹』の「ムダにレベルの高い雪合戦」を楽しみつつ、かねて買い溜めたチョコQの開封に取り掛かる。いやはや、相変わらず素晴らしい出来ですよ。特にハロウェルアマガエルが!
 透明素材を使って喉のふくらみや濡れた感じを余すところ無く表現、カエルスキーには外せない逸品である。他には今にも這い出しそうなサワガニ、飛翔感と空気の抵抗も感じられそうなムササビ、何かにじゃれつくのか、ころり転がってみせるツキノワグマ。最後のは、台風の影響で今年やたらと人里に下りて殺されている現状が胸に痛かったりもするけれど。
 あと今回特筆すべきは、卵形のチョコの味。初期のもののナッツ?風味でもなく、バナナやイチゴのフレーバーでもなく、ほんのりビターで「美味い」のだ。これはもう、偉い!としか。こういうのを待ってたんスよ!
 …待て。つまり全て食ってしまえるつーかしまいかねないということなのか?危険じゃないかそれって?冬に向かって脂肪蓄積ですかクマの仲間入りですか?<いや、クマじゃない


10月11日(月) 雨

 『海洋奇譚集(ロベール・ド・ラ・クロワ/著、竹内廸也訳、光文社)』読了。17世紀からこっちの、海で起こった奇妙な出来事を綴ったノンフィクション集。語り口が時代がかったものになるのは止むを得ないところだが、ちょいと推測が走り過ぎて「見てきたようなコトを言い」結句ルボア・トレンチやデニケンよろしく「作った」世界を覗き込んでる気がしないでも。少なくとも解説子が述べるほどには冷静な客観視はされてないと思う。
 しかし、描かれている事件はオカルトとは無縁、まさに地球の支配地域である海の大きさ、それに向かい翻弄されつつ生きるものの不思議な靭さを示すものばかりだ。たとえば冒頭の漂流船にまつわるエピソードなど、まさにそれだと思う。ついでに語られる後日談が、生臭さを残して「海のロマン」を形無しにするのもまた愉快である。こんなことがあったんだって!と友人に語るトリビア集としても良し、頭を悩ませず素直に不思議がれる良きナイトキャップでもあった。

 セットアップなった60cm水槽に、疎開先の45cmからボララス・マクラータを数匹移し、いよいよ最終段階へ。そして数時間、どいつも元気でひょいひょい泳いでいるし色も綺麗になってきたが、困ったことにちょっと水草の陰に入ると2cm半程度のヤツらでは全く見つからなくなってしまうのに気付いた。これではテストフィッシュとしては役に立たない。とりあえず調子を見ながら数を増やしてみるか?それでは先遣隊の意味がほとんど無いような気もするが。


10月13日(水) 曇

 帰宅したねこまから、矢野徹氏の訃報を聞いて驚く。R・A・ハインラインの名訳者として、或いは『ウィザードリィ日記』によるゲーム世界の住人として、ぼんくらな日々を楽しく密度高くし、やがて来る濃い領域へのプロローグを飾っていただいた。そういう大恩ある御仁を、実は既に亡くなってたように思ってたのでまた別なショックでもあったが。つーかすっげぇ失礼であるな。すいません。
 氏についてはまた、終戦当時、蔵書を失った読書少年としてペーパーバックと出会った逸話が胸に残っている。進駐軍が不要品として焼いていたそれを目にした衝撃のいかばかりか、同じ本の虫としては我が事のように思われたものだ。待てよ、つーこたぁ周囲から日本語の本を取り除けておけば、僕も英語の達人になれたかも知れない?<ムリです

 今日はまた、70年代フォークの旗手のひとりとして『放送禁止歌』を世に問うた山平和彦氏の訃報にも接する。もとより当時は小学生だった身ゆえ直接に知る由も無いけれど、学生時代にギターを教えてくれた諸先輩から、この時代の歌でみっちり薫陶を受けたおかげで、今も記憶に残っている。弦の錆びたギターを抱え、弔意に代えるほどではないけど…やはり痛ましいな。

 かくて、合掌。


10月16日(土) 晴

 先日読んだ『PLUTO』の元ネタ「地上最大のロボット」が収録されてる『鉄腕アトム 3(手塚治虫/著、秋田書店)』を手に入れた。ガキんちょの時分、展開するドラマに感動しつつ「ひっでぇ!」と思った記憶があるが、果たして正しいのか?と読み始める。
 ちなみに北海道弁における「ひっでぇ」は「酷い」とイコールではなく、激しいとか大きいとかいう要素も含んでいる。雪ダルマのようになって玄関を潜り「ひっでぇ吹雪いてきたわァ」というように使うワケだ。手のほどこしようの無い状況への諦めをこめた驚きとでもいうべきか。

 で、本を閉じて…やっぱ ひっでぇ わ、これ。

 記憶にあったプルートゥの自我の発生とその最期はもとよりだが、その破壊行の殺伐っぷりと背後に潜む矮小なヒトの望み、見も蓋もない終幕。これをどかんと突きつけられるってのは、天災レベルの驚きだったのだと再度納得する。良かれ悪しかれ、やっぱ凄い人だったんだなぁ。

 かくて何度か読み返すうち、浦沢版が最終的にどういう形で供してくれるのかという期待よりも「大丈夫か?」と心配がむくむく膨らんできてしまった。いや、そりゃ当代きってのストーリーテラーだし、既にこれに登場人物や情景をアレンジし新たな事件を付け加えていて話の幅も広げているのだけど、この無造作と言ってもいいバッサリっぷりに対抗できるほどのショックを、果たして読み手に与えられるのだろうか?いやね、ぜひ与えて戴きたいと思ってるんですが。

 先日偵察してきたショップから、ミナミヌマエビを10匹引いてきて60cmに投入してみた。水質も亜硝酸濃度もチェックしてないが、既にボララス・マクラータが20匹、元気に泳ぎ回ってるのだからノープロブレムであろう。もちろんこれはリセット水槽(フィルタは洗ってない)だから出来ることであるのだけれど。
 じっくりと水合わせをして放してやると、さっそく水草にとりついて苔退治を始めてくれた。体が小さく寿命が短いと聞いて(あと以前に導入した時、通販ショップから届いたほとんどが死滅して)いたせいで導入を見合わせていたのだが、ヤマトに比して非常に可憐で好ましい。水草にマクラータがメインの水槽なので、このぐらい控えめなのが似合う気もするな。様子を見て追加してみるか。


10月17日(日) 晴

 『シェハキム・ゲート(江ノ本瞳/著、集英社)』を読む。『セシリア・ドアーズ』と同じく近未来SF、乾いた眼をした子供たちのストーリー。手をのべて温めることはおろか、呼びかけて振り向かせることも出来ぬほど傷ついた者たちを描いて、常に変わらず切れ味が鋭い。攻撃的な筆致ではない、どころかそのまま通り過ぎられそうなほど静かな語りとやさしい絵柄なのに、読み手に無傷で居ることを赦さないような感触がある。
 外来者との関わりだけをみればファンタジーに、子供たちの出自を思えば社会ネタに、「ギフト」の意味を考えつめればホラーにもなり得る話で、全てを隙無く纏め上げている技も流石。上質な物語というのは、かくの如く多面性をもつように磨き上げられているものだよなあ。

 で、多面性はあるのだけど、残念ながら研磨に失敗した観がある『フランチェスコの暗号(イアン・コールドウェル&ダスティン・トマスン /著、柿沼瑛子/訳)』も読了。
 古書に秘められた謎、父と子の確執と情愛、すれ違う恋人、ゲームに興じながらも失われ行く学生の日々、我欲が貶める優れた知性、命を賭けるべきこと、そして破局と再生。読ませるネタが揃ってるっつーのに、いまいち盛り上がりに欠けるのは、どれについても書き込み不足なのが問題なのじゃなかろうか。語りが少々舌足らずなのは「若者」を強調したがってる方法として考えるとしても、だ。
 たとえばネタの中心である本「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」、欧米ではどうか知らないが、東洋の端の国で馴染みのある人が多いとは思えない。僕も挿絵を見るまでは、かつて澁澤達彦の著書で紹介を受けた本だと気付かないで首を傾げ続けてた(これからコイツを読む人は、先に『胡桃の中の世界』を紐解くことをお勧めする)。そんな読者のため、外見やら概要やらの説明を入れて欲しかったな。その膨大さ難解さ、またそれが越えてきた時代が見えれば見えるほど、謎の答への感動ひとしおであったと思うし。
 ストーリー自体は悪くない。書に惑溺する快楽に覚えがあれば多くの部分でシンパシーを感じるし、前半の語り口のギクシャクモッサリに我慢していれば答の部分で一気に盛り上がるし。最後でお伽噺へ戻っている気がしないでもないけれど、まぁそこはそれ、若気の至りってことで…いやさ、フランチェスコのためには素直にこのエンディングをこそ喜ぶべきかな?

 今日は45cm水槽から残留メンバー(水草つき流木&木化石、ボララス・マクラータ20.5匹、カージナル&レモンテトラの老兵4匹、コリドラス・ジュリィ1匹、オトシンクルス2匹、ヤマトヌマエビ1匹)を回収。引越が終わったところで水槽そのものを撤去する。
 惜しい。なにがって、水が輝くほどバランスのとれるまでになった水槽を、まったく無に帰してしまうのが、かけた時間と労力(あと経費)を思うとひたすらに勿体無いのだ。小さな小さな池をひとつ、埋め立ててしまうような寂しさもある。約10年で稼がせてもらった経験値に感謝しつつ、器具を洗って片付け、最後に棚を分解・移動して作業は終了。うん、人間の生息域もレイアウトが変わったな。
 しかし…最終的に60cmが水草みっしりになってしまったのは何だかなあ。鉢物だと、どうしても邪魔なものは棄ててしまえるのに、水草は元の値段(安物でも結構する)がアレなせいか、はたまた活着させるのに要する手間と時間のせいか、どうにも処分できない。肝心な魚が見えなくなるほど増えるのもどうかと思うのだが…。ま、魚には快適環境のようだから、とりあえずこのまま行くか!<てけとー


10月23日(土) 曇

 PCが動かなくなった。正確にはブルーバック表示で起動しなくなった(レジストリが壊れたらしい)のだが、原因が何だろ〜と使えないことに変わりはない。こりゃあフォーマット&再インストしかあるまいと判断、早々に放り出した。どうせなら新たにシステム用のHDDを買って来て入れなおしたいし、そもそも貴重な休日を使って機械いじりなんて不毛すぎる、サブマシンに使ってる古ノートで大概の用は足りるのだし。そう、例えばこの日記みたいなどーでもいいことは。

 『夢見る人の物語(ロード・ダンセイニ/著、中野善夫・他/訳、河出書房新社)』読了。「妖精族のむすめ」他、ダンセイニ卿の名前を聞いてすぐに思い浮かぶであろう麗しい物語が集められている。が、このテの話はアンソロジーで出会うことが多かったのと『世界の涯の物語』でスチャラカ系の話が大好きになっちまったのとで、格調高さがどうもイメージに合わなくて妙な気がした。うーん、この年になっても人は変わることができるのか、と、さらに妙なところに感心したが、こういう変わり方はいかがなものか。少なくともアレだ、ラヴクラフトが目の前に居たら呪殺されますな。

 夜になってヒロツさんちのチャットに入り、新潟で大地震との報に驚く。震度6レベルが頻発している由、想像を絶するものがあるな。かの地には知人はいない筈だけれど、一人でも多くの人が無事に切り抜けられるよう、祈念申し上げたいと思う。八百万の神の国、どっかにゃ僕の願いを聞き届けてくれる御柱もあらん。カシコミカシコミタテマツル。


10月26日(火) 曇のち雪

 夜に入って雪が降りだした。今年最初の雪ながらなかなか気合が入っており、みるまに勢いを増す攻撃に真っ白になって帰宅すると、冷え切った部屋には不満分子の怨嗟の声が満ち充ちていた。挟み撃ちである。
 年寄猫は我慢が無い。いや、猫の辞書はそもそも落丁だっつー話もあるが…今年の冬は、去年より少し長くなりそうだ。

 『ヒストリエ(岩明均/著、講談社)』1、2巻を読み、激しく後悔。
 全巻揃ってから読むべきだった!先が気になってしょうがねえ!
 アレキサンダーの秘書官を務めたエウメネスの物語と帯には記されているが、特異な才能と数奇な運命(もとより才能がそれを導いたとも見えるが)をもつ一青年のそれとしてのみ読んでも非常に面白い。いつもながら肩に力の入らない、いっそ飄々としたタッチで描かれた世界とキャラクターなのに、読み手をかるがると古代世界へ連れてゆくのはお見事としか。またその空気が、物語の過酷さが増すにつれ、そのまま空虚さへと移ろってゆく呼吸も絶妙。『骨の音』『寄生獣』『七夕の国』『雪の峠・剣の舞』『ヘウレーカ』と洗練の度を高めてきた作者が、この後いかなる旅路へ導いてくれるのか、とにかく楽しみである。僕がアレキサンダーについて思い出すものといえば辻邦生の『十二の風景画への十二の旅』の中の一編と安彦良和の『アレクサンドロス〜世界帝国への夢〜』ぐらいなモンなのだが、そういう記憶が余分な荷物になるのなら振り捨ててもついて行く覚悟はできている。ということで、早く続きを!とリピートして今日は幕。


10月27日(水) 雪のち曇

 降り積もった雪の明かりに目覚め、猫にせっつかれてストーブを点す。白く染まった景色を妙に懐かしく眺めつつ、出支度を考え直してドタバタ。毎年のことなのに、なかなかシステマイズできないモンですな。いやまぁ、ウチの中の状況(2人分のドールだのフィギュアだの食玩だのアレだのコレだのが無秩序に散乱)を考えると、無理もないって気はしますが。

 『ライオンハート(恩田陸/著、新潮文庫)』読了。
 作者のよくものするオマージュ作品系、今回は他作家にも手がける者の多い『ジェニーの肖像』を踏み、時代の越えて束の間の逢瀬を重ねる恋人たちを描いている。表題を見て「ライオンハート」ってからには男のほうはリチャードだろ?とか妙な思い込みをしつつ読み進めたが、こいつは全く的外れだった。あ、某SMAPの歌でもありませんので念のため。
 さて感想はというと、ふたりの出会いを傍観者として見る人々の物語が巧みに織り込まれていて、長大なタペストリーを眺めるような心地がする。また各章のタイトルを絵にことよせその奥行きを思わせることも、ちょうど昨日引き合いに出した『十二の風景画への十二の旅』のような技巧でこれまた嬉しい。
 の、だが。
 古いSF読みには途中から別な作品(解説子が挙げている)の匂いが漂い始め、オチの予測がついてしまうのが勿体無い。白いドレスとたんぽぽ(ダンデライオンですな)色の髪の娘が丘に、ってのは重なりすぎるでしょう。しかも、そっちはほとんど捻りが無いもんだからどうしても比較しちまうし、クライマックス後に静かに幕を引こうとする場であの鮮烈さが念頭に浮かぶと、どうにも艶消しな印象は否めない。まったくこのテを読まない人間だったらしみじみと読後感を楽しめるだろうけれど…要はマニー向きではないってことでしょうな。あうあう。

 夜、新潟の地震で生き埋めになっていた親子が4日ぶりに見つかったというニュースを見る。ヘリから車を見つけた自衛隊、電磁波人命探査装置シリウスで生存者を発見し大岩の下から助け出した消防・救助隊のはたらきには頭が下がるばかり。どうかご無事で、多くの人を助けてあげて戴きたい。
 が映像を観ているうちに、この件のみならず地震全般について、報道の在り様が気に障りだした。ヘリを飛ばして救援を待ってSOSを書いてる人の頭上でウロウロしまくる辺りから何だか、と思っていたが、その後も毎日避難所へ踏み込んで寝ている人を映したりと無神経ぶりも甚だしい。つーかお前ら、自分たちの食い扶持はきちんと持ち込んでるんだろうな。いつぞや池田小事件で、子供にマイクさしつけてた奴と同じ臭いがするぞ。いや、ヘリの場合は音が頼りの捜索の邪魔ではないのか。そんな報道を見なくても、震度6クラスが頻発ってだけで察せられるものはあるぞ?
 まあ、そんなことを呟いてゴマメの歯軋りするよりは、せめてコンビニや日本赤十字で些少なりと義援金を送るのが筋だわな。久々に献血センターへ赴き身体で払ってみるのも方法だ。いやマジで、血液のストックが不足してるらしいですから。


10月31日(日) 曇のち雨

 老いて選り好みの激しくなった猫が、口寂しいと騒ぎ立てる声に起こされた。仕方なく起きだしてドライフードを換えてやり、そのまま屋内の整頓にシフト。二度寝するとそのまま起きられなくなるからなあ、と呟く人間をよそ目に寝床に戻っていく毛むくじゃらが恨めしい。ちょっとぐらい手を貸しやがれって!借りても役に立たないのは知ってるけどさ!

 ややあって起きてきた相方と、久々に特撮タイム。『デカレンジャー』はデカブルー・ホージーの悲恋物語…なんだが、大昔(僕がまだ小学生だった頃)の刑事ドラマそのまんまな流れや演出で、観る側がタイムスリップしたような気分。清貧に生きる姉弟に降りかかる不幸、姉を病魔から救うため他人の命を奪う弟と、それを知って職務との間で苦悩する彼女の恋人=刑事、全編を彩るは娘の歌う60年代風フォークときてるから徹底してる。うーむむ、脚本も演出も何を考えてるのかなあ。と思いつつ、ふと妙なデジャヴにとらわれた。この画づら、この音、この空気、どこかで出会ったぞ?
 …『怪奇大作戦』じゃねぇですかい。そう、刑事ドラマの上に『死神の子守唄』と『京都買います』のフレーバーが振りかけてあるように見える。もしかして、そういう古ヲタを狙ってますか?

 『仮面ライダーブレイド』は、姿を現した黒幕?と、己の望みを追っていた筈が走狗でしかなかった男のドラマが見もの。つか、前者がウルトラセブン、後者がマッドギャランなもんで古ヲタの注目度がアップしてるだけなんですけどね。先回に後者が実は人造人間だったことを本人が知ってフィリップ・K・ディックばりの急転直下を見せたのだが、その衝撃をなんとなーく分散しちまってるもんだから元の木阿弥、力押しで吶喊するライダーズのドタバタに終始してる。しばらく観てなかったうちにレンゲル・ムッキー(って誰)はひたすら惨めなヘタレと化してるし。中の人のアクションが観たいんで、もうちょっと頑張ってくれよう。<を

 寂しくなってきたところで昨日録画しといた『ケロロ軍曹』を上映。これは上出来だった。原作では1話、普通に作れば前半だけで終わる筈の迷子エピソードを、情景を幾つも描き足して何ともいえぬ温かみを出している。例によってのガンダムネタやナレーターとの会話なんてスットンキョウなシーンでしっかり笑わせつつ、道に迷った子供の不安と家に帰ることの幸せを描く芸は上出来このうえなし…って、ちょっと待てよ?これって侵略SFアニメじゃなかったのか?



翌月へ






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