店主酔言

書籍・映画・その他もろもろ日記

2004.11

 

1

2

3

4

5

6

7

8

9

10

11

12

13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25

26

27

28

29

30

 

 

 

 

[ 以前の日記 ]
2000  9 / 10 / 11 / 12
2001  1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12
2002  1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12
2003  1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / 11 / 12
2004  1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10

[ 銀鰻亭店内へ ]



11月1日(月) 雨のち曇

 久し振りに書店へ足を踏み入れ、新刊チェック。が、見つけた獲物を全て買うと質量がエライことになりそうだったので、他はネットでと決めて『神南火(星野之宣/著、小学館)』だけをレジへ運ぶ。出逢った瞬間ゲットせずには治まらない作家がまだいるのは幸せだなぁ!

 …と思ったのだが、残念ながら今回は今ひとつ。大好きな日本史異説もの、ついでにヒロインの名前から「宗像教授」シリーズのキャラクターとの関係を想像しどこでどう絡むか?とワクワクしていたのだけれど、どうも手ごたえが乏しい。どのエピソードも概ねさらっと流されていて薄味、重い厚塗りを特徴としてる絵師のデッサンを見るような。物語としても、何より観察者たる主人公本人や脇役たちを特徴付ける描写が少ないんで、深みというか掴み所が無いんだよな。いや、凹凸はいっぱいあるから、面と向かえば何とか…?<殺されます

 少しく落胆したものの、オビで「宗像教授」シリーズ再開の報を読み、わーいと再び盛り上がる。やはりキャラ自体に思い入れさせてくれる部分があると違うだろう。今回ネタの無かった、もう一人の忌部氏にも是非、また色々と活躍してほしいもんである。いや、別に彼のファンではないけれど。どっちかつーと、気絶ばかりしてる編集女史のその後が気になってるんです、はい。


11月3日(水) 雨

 茶葉を買うべく駅前のデパートへ出かけ、ついでのことにLoftで開催されていた『美の巨人たち』展を覗く。同名TV番組のスポンサーであるEPSON社が、番組で取り上げた名画を自社製品を用いて1/1スケール出力・展示するという、なかなかユニークな企画である。
 もちろん、いかにハイスペックであろうと所詮は印刷物、普通に絵画を見る位置で鑑賞すると、すんばらしく高級なポスターにしか見えない。が、スケールが1/1ってトコがミソ、およそ100号サイズのボッティチェリの『春』等がどどーんと壁を占領してるのを見ると流石に迫力がある。また気安く近づいてひび割れなんぞチェックできる点も楽しい。レプリカではないけれど、上質なコピーとして、学生さんなどが手に取れるようになると良いのでは。
 欲を言えば、この画質で出力してるプリンタも展示して欲しかったな。ちなみに番組のサイトはこちらで、名画で作るグッズ類をダウンロードできるようになっている。ご家庭用プリンタであのグレードは無理だと思うけど、こういうサービスは好ましいね。

 注文しておいた本が届き、午後はみっしり読書三昧。『からくりサーカス』『20世紀少年』『ブラックジャックによろしく』『名探偵コナン』とコミックを片付けるも、今ひとつ盛り上がらない。どれも次ステップへのツナギ段階だからねえ…と、今度は『禍禍 プチ怪談の詰め合わせ(加藤一/著、二見書房)』を手に取った。
 イケます、これ。怪談にも原因や起承転結を求める人には向かないけれど「こんなコトがあった。以上終り」みたいな、奇妙な出来事だけが記されたものが大好きな人にはまさにニーズどおり。フォローのしようも無い小事件を淡々と語って面白く、かつ押入れだの風呂場だのPCのモニタだのという卑近な空間を舞台にして、そろそろと背後を振り返りたくなる怖さを愉しませてくれる。同好の方々にはお勧めでありますな。


11月7日(日) 晴時々曇

 このサイトの由来であるゆえの敬意をもって休日のため取り置いていた『魔の都の二剣士(フリッツ・ライバー/著、浅倉久志/訳)』を読む。長の年月、旧版を幾度もぱらぱら読み返してはいたものの、集中して読むのは何年ぶりか。訳者が代わって新装なって、さぞや新鮮な印象が…。
 と思ったのだが、あいにくとソレは無い。それもその筈、訳者が実は同一人物というのを巻末で読んで思わずつんのめってしまった。そいつは気付きませんでしたぜ迂闊でしたぜちくしょ〜い。

 しかし、言葉遣いや古めかしい(或いは滑りの悪い)単語が改められ読み易くなっていながら、懐かしい空気濃密に漂う、古き良き「剣と魔法」の世界はそのままというのは旧来のファンにとっては嬉しい限り。また、旧版3巻に2巻を足して全5冊を刊行してくれるというから、それもまた幸せなことである。ええ、20年ばかり前にリクエスト葉書を出版社に出した若気の至りも思い出されるし!積年の望みを今度こそ果たしてもらうべく、また繰り返し読み返して続きを待とう。


11月8日(月) 曇

 『ローマ人の物語 パクス・ロマーナ(塩野七生/著、新潮文庫)』の上中下巻を一気に読了。直前のカエサルやその先人に比して切ったはったのドラマに乏しい…と著者氏みずからが冒頭で語るオクタヴィアヌス=アウグストゥスがこの3冊の主人公である。
 が、そんなこたァない、これが非常に面白い。カエサルの意思を継いだ18の歳から、いっそ狡猾といってもいい知略を駆使し、70になんなんとするまで絶えざる意思をもって帝国を築いてゆく過程が、上質なミステリ(倒叙モノってことになりますね)のように読み手を惹きつける。だからといって彼がまるっきり頭デッカチの陰謀屋でもない辺りが盟友たちとの関係に自ずと見て取れ、それゆえに家族に恵まれない不幸が切なく偲ばれる。いやいや、世界史で数行読んだだけでは、ここまで深みのあるキャラクターには思えなかったわな。
 その家族の不品行にしても結句、彼がかれらに盟友たちと同じ「駒」としてのはたらきを期待してしまった所以なのだろうな、って辺りまできっちり記してくれる作者の筆の細やかさが戻ったのも、また嬉しい。なにせ前3冊は「神君キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!! 」みたいな取っ散らかりっぷりが随所に見え隠れしてて、どうにも付いて行きにくかったものなあ。古代のトリビアがいろいろ詰まった元の調子に復されたトコで、安心して続きを待つ。

 ふと開いた新聞で南條範夫氏の訃報に遭う。1作ごとに追うほど好きな作家ではないけれど、代表作『燈台鬼』は幼少の僕をして「時代小説」への妙な(チョンマゲ時代でなきゃならんとか、剣豪が絡んでないと変だとか)固定観念を吹っ飛ばしてくれた衝撃作だった。
 先月末に亡くなっていたのだそうで今さらかも知れないけれど、感謝をこめて合掌。


11月12日(金) 曇時々雨

 今日までに読んだ本、2冊。仕事が忙しくてきーきー言ってるワリには、結構いいペースである。逃避機制とひとの言うめり。
 いやまぁ、それはさておき。

 『トランプをめくる猫(リタ・メイ&スニーキー・パイ・ブラウン/著、茅律子/訳)』トラ猫ミセス・マーフィ・シリーズ4巻目。楽しかるべき競馬大会の背後でなにやら不穏な動きが…と思ったらお約束に死体が発見され、しかも何やらメッセージ性が?猫をも殺す好奇心もちのヒロインたちが、てんで勝手に乗り出す捜査の行く先は?
 話の展開は、すっかり馴染んだ地域の住人に立ち混じり複数の容疑者がウロつく拵えのスリルもあってヒキが強く、また動物劇の可愛らしさもあいまって、消去法で半ばにして犯人が見えるとはいえ、なかなか楽しめる。だが筆の運びがなんだかギクシャクしてて、読みやすいとはいえなかったな。全体に、ちょうどこの上の文みたいなリズムの悪さ。もう少しカロヤカさが欲しいもんである。

 『絞首台までご一緒に(ピーター・ラヴゼイ/著、三好一美/訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)』
 18世紀、英国。全寮制の学校で教師を志すヒロインが、ふと悪戯っ気を起こしたゆえに巻き込まれる珍事件。品よくテンポよく陽気に運ぶ話もさりながら、テムズ川を軸にめまぐるしく移動する地名と景色、それぞれの風物が活写されて興味ぶかい。思わず、かつて遊び倒したシャーロック・ホームズのゲームブックを引っ張り出して地図をなぞってしまいましたぜ。
 惜しむらくは、下敷きになっている『ボートの三人男』の知識が僕に無い。後書きを見る限りでは、読めば楽しみが倍増しそうであるのだが…まあ、代わりにマザーグースの「お碗に乗って海へ出た」連中のことを想起していましたけどね。<ぜんぜん違うと思われ

 帰宅途上、久々に書店へ。『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた(ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア/著、浅倉久志/訳)』を見つけ、小躍りしながらレジへ向かう。奇怪なモノに接近された売り子のお兄ちゃんに心中深謝しつつ、週末の楽しみにと机上へ。ああ、著者が身罷られてはや幾年、こうして手に出来るのは複雑なヨロコビであるなあ。待てよ、この幸せをかみ締めるにはやはり枕の下に置いて寝るべきだろうか?と布団と机の間で迷いの舞をのたくる心地しつつ、就寝。


11月14日(日) 晴

 先ごろ買ったきりビジーまぎれに放置していたDID社の12インチフィギュア「BMX RIDER」を開封。街乗り小僧の衣装もクールなら、同梱の1/6チャリの作りもリアルで、かなり満足度の高い一品。なんたってペダルとチェーンが連動し、ちゃんと車輪が回るのだ。ミニチュア好きには堪えられないっす!
 ただ、本体であるべき人形素体の作りはオソマツつーか…ちゃちぃ。関節、ことに手首の隙間が大きくて、ゴム素材の掌の造形もよろしくない。また何より本体の材質のプラが脆い。初期状態で入っていたヒビがあっという間に広がって、ポーズをつけただけで足首がもげかけた。足のつま先が曲げられるという少々変わったギミックつきに興がっていただけに惜しまれる。あと首が外しにくかったのが辛かった…って、形あるものをバラすこと前提にモノを言っちゃいけませんな。すいません。


11月16日(火) 雪

 『ネバーランド(恩田陸/著、集英社)』読了。読み進むにつれデジャヴュとともにビミョ〜な座りの悪さを感じ、それが育って違和感となった挙句、後書きで『トーマの心臓』の記載に吹き出してしまうという、この作者に出会ってこのかた最悪のズッコケものであった。
 いやぁ、いくらオマージュったって、アレはコミックであの画であの流れで話運びで、かつ舞台があれでだから出来た作品でしょう。現代日本の男子校、しかも文章の形で著してみるのは、それこそタンビー系文豪の筆力をもってせにゃ無理ですって!脳裏でイメージを構成する誰しもが、通過する少年期に、むさくるしく汗臭くニキビまみれで思い込み激しく悪ぶって小理屈こねまわす現実の存在に出遭ってるんですぜ?それ以下の世代なら何とか夢見られるかもしれないけど、ひとたび通り過ぎてしまえば「恥」まみれなる記憶とともに赤裸々な事実が甦るワケで。「青春時代が夢なんて〜♪」と古の歌人は言葉を紡ぐけど、かの時代を振り返って甘美な夢と思える人は、よほど幸運だったか記憶のチョイスが上手かの二つに一つだろう。
 さればと脳内フィルタをかけまくり「美しい青春」にことよせ想ってみたところで、残念ながら話そのものが哀感より生臭さが先に立ってて、さっぱり切なくない。というのも、少年たちそのものより彼らを通して語られる大人たち、弱く我侭で周りが見えずそんな自己を律することのできぬ始末の悪い生き物たちの描写こそが濃い目になってるからだ。
 まあ、そういう面をして若人に、しょせん「オトナ」なんぞという生き物は存在しないという諦観を持たせるにはいい話かな。古い人には?ええと、自戒としてもらうか「オレ一生ガキでいいもんね〜」と開き直らせるか、ですね。僕はもちろん後者ですが。


11月20日(土) 

 今週も休日出社。うんざりと背を丸めがちに家を出たところで、視界の端を鮮やかな色がかすめた。見れば、頬が紅色の小鳥(たぶんウソの仲間だろう)が一羽、庭木の間を飛び回っている。可愛いなあとしばし呆けて見入り、ナナカマドの赤とポプラの黄色の向こうへ飛び去る姿を見送った時には気分がすっきり軽くなっていた。
 よ〜し出かけるか!久し振りに藻岩山へでも!<会社だって

 とまあ、かくのごとく自然はこころ和ませ安らがせてくれるものだが、それは人の領域と接する僅かな部分での話だろう。うっかりアチラ側の深みへ足を踏み入れると、そこにはひたすら畏怖するしかない巨大な何か、得体の知れないモノが在る。それが何かということを認識することさえ、ヒトの身には困難な存在が。
 『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた(ジェイムズ・ティプトリー/著、浅倉久志/訳)』は、そういう物語だ。およそ地球上の何処よりもヒトの手の触れ得ない領域、海のもたらす謎がたり。白い珊瑚砂と青空に縁取られた入り口から差し招くものにこころ惹かれ極彩色の世界に魅せられ迷ううち、その深奥に絡めとられてしまうことへの憧れと慄きは、理知的な口調で語られるゆえにいや増すばかり。でありながら不思議な平穏を覚えるというのは矛盾なのだろうけど、一度でも海に魅了されたことのある人ならば、この揺らぐ心地の奇妙な快さを理解されるに違いない。
 なに、分からない?では浜辺で拾った可憐な桜貝を思い浮かべていただきたい。しかるのち、はるか深海の涯をたゆたう10メートルクラスのダイオウイカを想像してみよう。で、そんなものどもが存在している、呼吸のできない空間へ足を踏み入れることを…ううう、カナヅチ向きの想像じゃないっすな。んじゃ某港町の人たちと交流を深めてみて<やめれ


11月23日(火) 晴

 『殺戮者は二度わらう―放たれし業、跳梁跋扈の9事件―(「新潮45」編集部/編、新潮文庫)』と『桶川ストーカー殺人事件―遺言―(清水潔/著、新潮文庫)』を続けて読む。
 混ぜるな危険。たべたらしぬで。<古っ
 新聞で3面を占拠しワイドショーで喧しく取り沙汰され、やがて人の口の端から消えていった陰惨な事件の数々。それらを再度見つめ直し関係者のその後を追う構成は、うんざりするほど写実的かつ一種露悪的で、話半分としても毒性が強すぎる。
 また総じて観るに覗き趣味という向きもあろう、興味本位とも言われよう。ジンケンという言葉の大好きな向きからは、加害者たちのそれへの侵害とも罵られそうな本である。が、僕ぁ『ダーティハリー』的ハンムラビ法典の信奉者ゆえ、かれらが相応の報いを受けぬことに大いに不満を覚え、事件の酸鼻さよりもそのことにこそ非常に胸の悪い思いをした。
 他人の生きる権利を認めぬ者に、守るべき義務を負いながら等閑にし他者を見殺しにした者たちに、いったいどんな権利があるというのか。人間の形をし、その社会で暮らし、生物学的にヒトであるからといって、隣人に迎えられるか?少なくとも僕は嫌だ。こういう人種が自分の愛する人のいる世界に存在する、まして、前者の1エピソードのように未成年を理由に今や野放しになっているというのは我慢ならない。あえて言うが、一度やった事は二度目には容易になっているのだ。寛容はかれらに再び愚を冒させる機会を与えているに過ぎないのではないか?
 (ものの本によれば、罪の種類を問わなければ年間2万人以上の受刑者がシャバへ出てくるが、その約半数は5年以内に再犯で戻ってくるそうな)
 と、こういう視点で読むと、この二冊はとにかくフラストレーションの溜まる、胃に危険な本である。とはいえ、あえて避けるべきではなかろう。昨今、世に凶悪犯罪は絶える暇無く、また友人や自身の身の周りで最近起きた事件を思うにつけても、小は自転車ドロから大は押し込みに至るまで、短絡的な馬鹿どもが増殖している。そして、この本で露骨に論われているように、どれほど警察が一市民を気にかけてくれないか。それを肝に銘じ、警戒心をもつには好適な素材と思うのだ。つかアタマのイカれた通り魔が出現したら、そこらの通行人よってたかってブチ殺すぐらい健康な社会を築こうではないか皆の衆!<それ健全じゃないぞ


11月27日(土) 雨のち雪

 『シュレック2』鑑賞。1作目は2001年の1月10日に劇場で観ていたのだけど、こっちはビジーの荒波に飲み込まれてとうとう行けなかったヤツだ。
 ストーリーとその展開は「下品ネタ馬鹿ネタ残酷ネタ」の黒っぽい笑いが多かった前作に比べ毒気が抜け、ある意味真面目に御伽噺をやってる感じ。しかし童話の約束事は力いっぱい放り投げてますが。またキャラクターを活かしたギャグと主として映画のパロディ要素が増えて、大人も子供も気軽に大笑いできる作りになっている。オープニングからツッコミ用のハリセン必須、しっかり楽しみたい。
 特に今回登場の「長靴をはいた猫」は前評判どおりのナイスキャラ。渋い声(バンデラスですぜ?)でカッコつけなのに性格はチャランポラン、アクションはダンディぶっていながら猫本来の間抜けな行動も忘れない。なんせ出てくる早々に●●だもんね。ソイツに悩まされてる猫飼いの一人として、リアルな音声に頭を抱えて転げまわりましたともさ。
 他の役者、ことにレギュラー陣も非常にイイ感じ。前作で「ロバ役をやってるうるさい役者」にしか思えなかったエディ・マーフィも印象一転、ちゃんと役にハマって「うるさいロバ」を味わい深く演じきってくれていた。いや、本作では一部ロバじゃなかったりもしていて、それがまた笑えるのだけど。
 オチも(一部予想がつくものの)捻りが利いていて微笑ましい。あ、打ち上げ気分で参加できるオマケもお薦めでっせ。
 唯一難があるとすれば、ディスク自体の構成。最初に英語/日本語の選択があり、これを択ぶと問答無用でCMを2本見せられるというのは、なぁ。さくっとメニューに飛べないことで非常にフラストレーションが溜まるこの作り、どーにかしてもらえんかにぃ。それとも作品でカタルシスを得るための準備体操なんですかい?

 『鋼の錬金術師 9(荒川弘/著、ガンガンコミックス)』を読む。先回、異国からの闖入者を迎えて拡散してしまうかにみえた物語は、かれらをも否応無しに取り込んで血戦へと収斂していく。本音を見せずに語り合う大人たちの事情と手段とで彩られる展開は読み手に心憎いばかりの粋を見せるが、そこに主人公たちの立ち入る隙は無い。ただ、行き場の無い憤懣を抱え、必死で自分の手の中にあるものを守ろうと、はかない笑みを浮かべてみせるばかりだ。
 しかし、大人たちですらこの事態が手に余ることは見極めがついているとみえ、可能な限り危険から遠ざけつつも子供たちを動かさぬワケに行かないようだ。例によってわざとらし過ぎるオーバーアクションでエドを迎えに来た少佐は、いったいどこに彼を伴うのか、そこで誰が(たぶん彼女が、だろうが)待っているのか、どんな場面が用意されるのか、心待ちなことである。
 あと、殺人鬼としての本領(って何?)を全開で発揮してくれるバリー、今回ますますオイシすぎである。所詮先の無いであろう暗澹たる戦の中、ぜひその生き方を全うしていただきたい。て、もう死んでるワケだけど。

 そういえば、なのだけど、エドとアルの父であるホーエンハイムって、どっかで聞いたと思ったらパラケルススの本名だったのだな。今さら思い出すあたり、我が脳の老いっぷりが思われることである。誰かバックアップ用の若い脳を錬成してくれませんかね?


11月28日(日) 晴

 世にあまたあるドール系サイトを見て歩くに、お人形を購入することは斯界において「お迎え」と称されるそうな。人形だらけの家の住人として、ひそみに倣ってみるとしよう。

 今日は、伯爵さまをお迎えしちゃいました〜。う・ふ ♥

 …いい齢をして、やるこっちゃないですな。反省。つか、やって来たのがクリストファー・リーのドラキュラ伯爵では、違和感ありまくりっす。
 モノは英国のメーカー、プロダクト・エンタープライズ製。ハマー・フィルム版のドラキュラ伯爵、血走った眼と鋭い牙をもつ正体を露わにした姿である。獰猛な表情や鉤爪のように曲げた長い指(左手の小指の金の指輪まで作ってある)の造形、まとったマントのゆったりとした質感も素晴らしく、大満足の一品である。
 欲を言えば、正体をみせる前、獲物に近づいてゆく時の、あの静謐な表情、憂愁をたたえたまなざしをこそ再現して欲しかった気もしないではない。ヘッドつけかえとかで…やっぱアレかな、『007』のスカラマンガでも買って、改造するしかないかなあ。

 ところでこのメーカー、サイトを見ていただければお分かりのとおり、ゲリー・アンダーソンの作品群も扱っている。メカ関係ばかりなのだけれど、こっちでもフィギュア出してくれないかな。1/6エリス中尉なんか出たら、何を措いても買いますぜお迎えしちゃいますぜ ♥ <だからやめろというに


11月29日(月) 

 未明、かすかな揺れに眠りを破られ、続く振動に飛び起きる。でかい。いつもは寝起きの悪いねこまもしっかり目を開き、はやTVのリモコンに手をのばしている。釧路で震度5強という、結構な強さの地震の報道に、家内一同(うち猫率50%)しばし見入る。
 なんか本当に、今年は多いよねえ。やっぱ沈没間近ですか?小松左京を預言書に滅亡するのはイヤだよう。

 相方と役所へ用足しに。帰途、当然ながら書店へ立ち寄り『私のドールハウス ベストセレクション2(学研)』購入。
 さまざまな作家の手になる家々を眺め行くガイドブックのようなこしらえは、写真も美しく文章も必要十分、1巻目に変わらず楽しい。おしなべて女性作家のほうがイメージ重視、男性はスケールモデル的なリアリズム追及になってるようだが、どっちかというと後者が好きな僕としては、小島隆雄氏の作品にことにも目を奪われた。機械油の匂いが漂いそうな小さな自転車屋、学生時代にお世話になった店を思い出すたたずまいが実に実に好ましい。
 こういう生活感のあるミニチュア、いっぺん作ってみたいものだなあ。が、己が作りたいモノを脳裏に浮かべていくと、何故か『サイレントヒル』っぽい虚ろでダークな雰囲気になってしまうんであるけれど。やっぱアレかね、せっかくだから4のアパートでも作るか?当然壁の向こうにはあんなモノのドールつきで。<つか生活感ねぇべよ

 『永遠の仔(天童荒太/著、幻冬舎文庫)』読了。次作である『家族狩り』を先に読んでいたせいかイメージの被る部分が大きく、あまり強い印象をもてなかった。また、主人公3人が読み手に比してあまりに清澄な心をもっているためもあるのか、同情めいた気持ちを寄せることさえ憚られる心地がする。要は入り込みにくいのだな。どの場面もよく出来たドラマを観るように鮮やかに想起させられるけれど、ブラウン管をながら観でもしてるような印象とでもいうべきか。
 とはいえ、これは作品に責あってのことではないと思う。いささかならず感性の鈍った、しかも人嫌いの読み手のゆえが大きかろう。同じく世を拗ねた人以外へは、素直にお勧めしたい。

 夜ふけて牛乳瓶を置きに出れば、戸外はふっかりと雪に覆われていた。今朝の地震の人的被害は(さすがの経験値で!)大したことがなかったようだが、寒さつのるこれからの季節にまた揺れが襲わないことを祈るばかりである。というか、地続きなんで他人事じゃないんですけどね。


11月30日(火) 雪のち曇

 大阪地裁で25日下った判決によると、フルタが海洋堂に負けて1億6000万円を支払うことになったそうな。1億8000万円を要求した訴えだから、ほとんど完封勝ちといえる状況だろう。
 コトは「チョコエッグ」絡みのトラブルに端を発しているのだが、要は売れた個数ごとに払う筈だったロイヤリティを、フルタ側が誤魔化していたのだという。なんつーか、桁がデカいから凄く感じるけど、本質を考えると非常にミミッチィ話だよなあ。しかもフルタ側では反論するにあたり「違約金の支払いは公序良俗に反し無効」と言ったとか。単純な約束も守れないような身で言う言葉じゃないよソレ。
 ちなみに海洋堂のサイトではこの経緯を、ほとんどこっそり報告している。手切れの時には超長文で謗りつづけていたことを思うと、非常に静かな対応である。先ごろ就任された新社長・もと専務が、いささかオトナになられたということであろうか。
 しかし、これを読むに、なんだか脱税&他社を巻き添えに揉み消そうとしたキナ臭さまで漂ってるんだよなあ。もとより海洋堂贔屓、チョコエッグもフィギュアの製造元を知ってから買い漁った僕だけれど、それを割り引いても腹立たしい話だ。いや、ガキの時分に駄菓子屋でフルタの菓子を買っていた身としては切なさの方が先に立つけどね。製品の名に従ってセコイヤ………うわぁ!シャレになんねえよ!



翌月へ






[ 銀鰻亭店内へ ]