店主酔言

書籍・映画・その他もろもろ日記

2005.11

 

 

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11月2日(水) 晴

 いきなりシークレットに当たって微妙な気分になった『チョコQ アニマテイルズ ペット動物5(タカラ)』を、今日もちまちま購入。現れたのは短毛種の猫、オリエンタルショートヘアーが2色。
 この猫、サイトでは後足で立って首を捻ってこちらを見ているのだが、付属のペーパーでは前足の片方だけを上げた形になっている。別にポーズを変えられるわけではなく、同じ形で立て方を変えると、どちらの形でも破綻無くディスプレイできるのだ。しかも、ちょいとそのまま横倒しにしてやると、寝転がって通る人の足にじゃれつこうとしている姿にもなるじゃあーりませんかあらびっくり。
 しかも、どの姿勢をとらせても次の動きのみえる、柔らかな姿になる。今更ながら造形師の腕前に驚嘆するばかりだ。
 ところで今回、またチョコがド甘い種類に戻ってしまった。中身のグレードが上がることと比例したりするんだろうかコレ。野性動物のほうも続きが出ると思われるが、こっちについては先行きものすげー不安である。いや、いっそ命がけの気もします、うぷ。


11月6日(日) 晴のち曇

 『あの日、少女たちは赤ん坊を殺した(ローラ・リップマン/著、吉澤康子/訳、ハヤカワ・ミステリ文庫)』読了。
 10歳の少女が2人、ある夏の日に赤ん坊を連れ去り、そして…?という暗澹たる発端から、刑を終えた彼女たちが出所してきた現在にシフトして展開する物語。全編を通じて陰鬱で、乾ききって、ささくれ立って取り付くしまもなく、救いが無くて、実に後味が悪い。というのも、作中人物の誰もかもが己の立場ゆえの不満や不安や不快をかこち、新聞記者も警官も小学生も黒人も白人も母親も、ほぼ全員が幸せではないからだ。正直、読んでいてウンザリするほどに。
 なのにそれが、とにかく読ませるのは、ひとえに話し運びの上手さによる。かつての日に起きたことと現在起こりつつあることを細緻に描写し巧みに交錯させ、ちらりちらりと片鱗を見せながら真相へ、そして結末へと迫ってゆく道筋に否応無しに引かれてゆく。いや、どっちかというと不吉な予感に襲われ、嫌々ながらという気もするが。
 屠所へ赴くような気分で最終章に辿り着き、さらに憂愁を背負い込む。やりきれない苦味もまた読書の愉しみ、現実の事件がチラついていささか僕には胃にもたれるものもあったけれど。


11月9日(水) 雪のち曇

 目覚めて室内の空気の硬い冷たさに気付く朝。平年より2週間ほど遅いのだが、初雪がはらはら舞う景色をみると「え?もう?」と不平たらしく呟いてしまう。不思議なもんだ、雪はもちろん、冬という季節も嫌いではないのにな。
 しかし、夜になって路面がぺかぺかしてるのは勘弁、である。いわゆるブラックアイス、濡れたように見えてうっかり足を乗せるとつるんすってんってヤツだけは冬の風物詩とか暢気に構えてられんのだ。今年もまずはペンギン歩行の再訓練からスタートであるな。

 『みんな行ってしまう (マイケル・マーシャル・スミス/著、嶋田洋一/訳、創元SF文庫)』読了。SFありホラーありファンタジーありのお買い得な一冊。
 たとえば冒頭の作品では、たぶん日本で一番愛されている妖怪に似た存在が出てきて、郷愁めいた切なさにほろりとさせられる。で「おお、ブラッドベリ風味だな」とか思っているとサイコな男のモノローグを淡々と綴った作品が背筋をざわつかせ、次の瞬間にはラファティ爺さんをちょっと思わせるホラ話にくすくす笑わされている。いずれも憂愁と禍々しさをほどよく振りかけてあって、なんともいえず味わいぶかい。こういうの、大好きである。
 ただ残念ながら完訳ではなく、原書から6編を省いてあるそうなのが悔しい。なんでそういうことをしてくれるのかな、まあ大人の事情なんだろうけど。しかしどうしてもと言うなら『猫を描いた男』『バックアップ・ファイル』の二編は初訳ではないのだから、こちらを外しても悪くなかったろうに。しかも訳者あとがきで書かれている理由は、どうにも納得できかねる。このテの本読みにネット人口は結構多いと思うのだが、いかがだろうか?
 訳者氏はまた、微妙に批評家じみた語り口で各作品の解説や自身の好みを語っているが、ぶっちゃけ、それは読者に任せて、1本でも多く訳してくれれば良かったのにと思わないではない。訳者の腕はいわば原作者との共同作業で見えるものであり、またそこで良い仕事をしてるんだからぜひ目的を違えないでいただきたいな。


11月12日(土) 晴時々雨

 映像作品の文章化、つまりノヴェライズというやつが、あまり好きではない。理由は簡単、出来の良いのにほとんど出会わないからだ。
 ライターが手前勝手な設定をキャラクターに付与して二次創作同人誌まがいになってしまっているもの、文章力がお粗末で小説としての体裁を成していないもの、はたまた翻訳家がネタ元の理解が浅くオリジナルの空気がまるっきり払拭されてしまっているもの…等など、理由はさまざまだが、このジャンルで楽しめるものに出会うのは実に難しい。
 が、今回はその稀有な例に出会うことができた。
 『CSI:科学捜査班 ダブル・ディーラー(マックス・アラン・コリンズ/著、鎌田三平/訳、角川文庫)』
 最近ハマっているTVムービーだけに、僅かな瑕疵も気になりそうで買うのをしばし躊躇ってたのだが、まったくの杞憂だった。面白いわコレ。  キャラクターの描写語り口はもちろん、ストーリーの流れや独特の「再現シーン」もしっかり織り込まれていて、まるで長尺のスペシャル版を観ている気分が味わえる。しかも、15年を隔てた2つの事件をめぐ捜査の過程と謎解きはそこらの警察小説とも遜色のない出来栄え。ファンには必読と言っていい。いっそこのストーリーでスペシャル版を撮ってくれれば…って、何か微妙に間違ってますか?


11月13日(日) 晴時々曇

 冬支度と放置しっぱなしのPCパーツの整理に明け暮れ、気が付けば夜。まあ、起きたのが昼近かったからウニャニュペギュル星人としては働き者なんじゃないか…はい、ネタ元は『TRICK 新作スペシャル』でございますです。
 ひさびさの新作、それも日曜洋画劇場の枠を使ったロングバージョンということで、シリーズ末期のグダグダぶりを脳の片隅へ蹴りこんで鑑賞。うむ、相変わらずバカな小ネタがひしめいてて楽しいなあ。地名人名小道具の類に、うっかり見過ごしてしまって後から慌ててポーズかけて見るような細工がみっしりほどこしてある。特に「古池屋」周辺のマップには、にやにやぐふぐふ笑わされた。これはイケるか?イケるのか?
 …と、一時でも期待したのが最大のバカでしたよ、ええ。
 まさか、オチにTVシリーズ時の一番ありえねぇネタを繰り返すとは思ってもみなかった。しかも動機の描写が薄いもんだから、ひょっとしたら只の勘違いって可能性もありそうに思えるあたり、なんともはや。ドラマはありえない馬鹿らしさでも人死に憂鬱はしっかり引きずってたのが軽〜く流されているし。
 しょせん映画の宣伝用なんだろうけれど、それならなおのことしっかり作ってほしかったなあ。セカンドシーズンから入った薄いファンだけど、それなりに愛着があるので悲しいよ。どこらへんに愛着してるかっつーと、野際陽子さん演じるシタタカでカッ飛んでて美しいお母さまだったりしますけれど。え〜と…萌え〜。


11月14日(月) 晴時々曇

 『パンダの死体はよみがえる(遠藤秀紀/著、ちくま新書)』読了。
 ミステリ好きの一人として、死体に残された痕跡から謎を解く過程が現実創作問わずに大好きである。ものいわぬ物体と化した存在が雄弁に語る「事実」の意外性、それを裏打ちする論理の織り成されるさまは、いっそ美しささえあると思うのだ。
 で、人以外の生き物についてその手法を行うと、これが解剖学となる。本書はそうして見えてくる生き物の体の思わぬ仕組み、自然が作り上げた精妙なメカニズム、その全容を明かすべく研究者が辿る道筋を門外漢にも分りやすく語ってくれたものだ。クマとパンダの「手」の違いから始まる内容には考えさせられること多く、いくつもの事例を辿るうち、ふと己が手足の骨を探り、その構造と進化の過程に思いを馳せたりさせられる。もちろん、ここへ至るまでに消えていった数多の兄弟たちについても。
 ただ、著者氏が啓蒙の志ゆえか、また本学を軽視する輩への憤慨ゆえか、いささか気負いがちで美文調なのは残念なところ。せっかく面白い内容なのに読みにくいところが見受けられ、いっそインタビューしてテープ起こし(古っ)したほうが良かったのかもしれない。いや、解体過程もコミで、ドキュメンタリー映像として製作…は、ダメっすかね、やっぱり。


11月18日(金) 曇時々雨

 『CSI:科学捜査班 シン・シティ(マックス・アラン・コリンズ/著、鎌田三平/訳、角川文庫)』読了。残念ながら、凡作。
 原因は12日に読んだ『ダブル・ディーラー』ではクリアされていた「ノヴェライズにおける欠陥」ではないが、もっと致命的なものだ。著者の、手抜き。
 書き方の密度が、とにかく薄い。チームが取り組んだもの・現実のものいずれにしても過去の事件を引き合いに出すことはなく、キャラの描写も乏しい。今回描かれた2つの事件のうち、片方については被害者被疑者ともに漠然としていて、生きて暮らしていた感じがしない。また捜査方法にも今ひとつ華が無い。科学捜査の根底を成す着実路線を見せるなら、もっと徹底して書き込むべきなのにそれも無い。あ、無い無い尽くしを言おうなら〜♪とか歌って踊れるレベルですな。
 ドラマ本編は当地で現在セカンド・シーズン、脂の乗ってきているところである。土俵が違うのは承知のうえ、そこに則って書く以上、どうか遜色ない面白みを提供して欲しいもんである。


11月19日(土) 雨雪霙

 毎夜一体ずつ巨像を倒し、ついに昨夜というか今朝早く、最後の一体を撃破して『ワンダと巨像』エンディングへと辿り着いた。

 胸がいっぱいになる、というヤツを久しぶりに味わった。

 正直、ラスト一体前のイベントで驚き悲しみつつ、いささか興醒めしたのは否めない。常に共にあって広大な世界を駆け回り、本物にまごうばかりな美しい動きや思わぬ仕草に愛着を深め(ゲームオーバーにならない程度の崖から飛び降りコケさせてしまった後で、ゴメンよーと撫でまくったのは僕だけではあるまい!)時には戦闘にも欠かせない存在。それを「そんなんアリか?」と思えるような状況で奪っていくというのは、ありがちな、絶望感を増すためだけのあざとい演出としか思えなかったのだ。友なく、退路なく、挑んだ戦いはこれまでに層倍して過酷そのもので、なお腹立たしくさえあったし。
 だが、ようやくそれを乗り越えた終幕に展開される光景は、ヒネた大人の目を忘れさせ、さまざまにものを思わせるものだった。

 冒頭、ワンダは秘された伝承を聞いている。またそれに剣が必要だと知り、実行に移すべくそれを手にできた。それに仮面の男との装束の類似をみても、彼がただの戦士でないことは察せられる。
 禁じられた行為に報いがあろうこと、或いは実際の結果をも知りつつワンダはことを成し遂げ、その身に異変が起こる。仮面の男はそのすべてを、もとより呪縛されていたゆえと語り、死すべきものと断罪する。さらに今まで戦いを導いた声の主が姿を現すに至り、これまでの戦いが全く別の色合いを帯びてきて愕然とする。
 そう、死者の復活は常に忌まれたもの、まして封じられた力を呼び覚ましてそれを成す行いは、多くの物語で邪悪とされてはいなかったか。
 この物語は、数多の伝説の裏返しだったのか。

 けれど、またふと思わされる。ドルミン(名の元ネタはドルメンか?)は、果たして邪悪な存在なのかと。
 前作『ICO』を思うこともあるけれど、清澄な静けさが支配するこの空間や、巨像を倒すごとに少女の周囲に数を増した白い鳥に、禍々しさは覚えない。
 何より邪な存在が、約束を果たすだろうか。
 神と魔、正と邪を定めるものは、一体誰なのか。

 …かつて角の生えた人々がこの地に居を構え天空高く聳える壮麗な建築物を築き上げた。
 角の無い者たちはかれらと戦い、根絶やしにし、そしてその神を魔へと貶めた。僕らの生きる現実で、たとえば阿修羅がそうあるように。
 ふと、ゆくりなくそんな想像をめぐらせて、また物語の末を追う。

 終幕に至っても、彼女はワンダの名を呼ばない。
 彼の姿を探す様子も無い。
 もしかしたら彼女は彼の、そして彼は彼女の、互いの名すら知らなかったのかもしれない。
 たぶんそれをワンダに問うたところで、彼は何も言うまい。けれど、作中では一度も目にしない、微笑が戻ってくるような気がする。
 それは、この全てを通じて、憎しみが感じられないゆえもあるだろう。終わりをもたらした仮面の男その人さえ、去り際に残すのは呪詛ではなく祈りに似た言葉だ。
 悲しい結末、切ないもの思いを抱きながらも、胸に重いしこりを残さず物語は果てる。見事な幕引き、ただ感服するばかりである。


 さて、涙を拭ったところで早速再プレイに突入しようか、特典ディスクを見ようか。このゲームからは、しばらく離れられそうもない。


11月23日(水) 晴のち雨

 勤労感謝の日とて感謝してくれる人もなく、どころか冬の気配に文句タラタラな猫2匹に挟まれて、休日出勤しなくて良かったことのみ天に感謝を捧げつつ、相方の留守を守って掃除と洗濯に勤しむ。うう、欲しがりません勝つまでは。誰かもしくは何かに勝てる見込みは、今のところ皆無ですが。

 休憩がて、ちょこっと『ワンダと巨像』をプレイ。
 先日のクリア後、何をしようか色々考えた結果、まずは漢のロマン「古の祠」頂上制覇を目指すことにしている。この世界の全てを圧する高みに登るのだ!ファイト〜!いっぱぁっつ!
 とはいうものの、中途からでさえ落下したら即死するような超・高層建築、下準備として、まずは光る尾をもつトカゲを狩って握力を上げねばならん。しかし、ただトカゲハンターとなるのも芸が無いので、ちょいとこだわってみることにした。
 このゲームの芸コマなところで、トカゲを矢で射るとき狙いを上手く定めると、尻尾のみを取って本体を生かしておくことができるのだ。尾を止め付けられてジタバタもがく仕草も可愛いし、何より殺生しないので気分もいい。
 かくて、セカンドプレイのワンダ君は「トカゲの尻尾ハンター」として広い世界を隅々まで駆け回っているのであった。1周目では知らなかった景色もみっちり堪能できるので、クリア後のお楽しみとしては満足度120%である。追加要素というのは今日びお約束ではあるのだろうけど、元々あるものをフルに使うだけで別の遊び方ができるという、その膨らみをもともと持たせてあるというのは深く考えられているなと思うことしきりである。
 ちなみに僕のお気に入りは西の断崖あたり、下の浜に西瓜食ってる少年少女がいそうな美しい風景だ。未見の方はぜひどうぞ。


11月26日(土) 曇時々晴

 仕事の息抜きに私用のメールボックスを覗いたら、悪友から「こんなん出たぞ〜(^▽^)」という、一見スパムまがいのメールが来ていた。また何かしょ〜もないモノを送りつけてきやがったんだろうなと思いつつ本文のアドレスを見れば、ステキに濃い目のトイショップHEAT WAVE TOYSさんのもの。これは面白げな新製品でもあろうか、とクリックしてみたら。
 1/6スケールの、プレデター。
 …やられた。
 元々この異星人のご面相と性質(いや風習か?)が大好きなので、どこぞのメーカーがこのスケールを出してくれんかな〜と、つとに望んでいたものだ。一度メディコムで出したらしいのだけど、知るのが遅かったため一度も見ることさえ出来なかった。その後他社からいろいろ出たのは全てスタチュー系、「お人形は触って動かしてナンボ」という僕の趣味には合わないものばかり。いっそ適当なヤツを買って頭の型取って自作すべぇか?とまで思っていたのだ。
 それが今回、ミリタリーからアニメキャラまで幅広く手がけている香港のメーカーHOT TOYSから、映画『エイリアンVSプレデター(AVP)』のキャラとしてリリースされたという。しかも素体からして専用サイズを採用、写真で見る限りパーツの作りこみも素晴らしい。残念ながら映画はいまだに拝めてないが、原作のアメコミは永久保存版にするほど好きなのだ、これが買わずにおれようか!
 財布の中身と相談して買うたやめた音頭を舞うもほんの一時、おのれ物欲神の走狗めと友人を(感謝をこめて)罵りつつ、SCAR PREDATORを申し込んだ。
 あとは、到着を待つばかり。
 いや、いかにさりげなく、元からあったかのように棚に紛れこませるかという命題も残っている。相方ねこまに見つかろうものなら、緊縮財政の折柄、叱責どころか査問委員会(他の委員は猫2匹)に引き出され糾弾され挙句は火刑法廷か強制労働かってところだからなぁ。
 それにしても、向こうの「お人形」たちについては苦情が出ないのがなんとも不思議である。いつのまにか家具とかまで増えてる気がするんだが。

 とまあ、そんな小さな浪費まみれの人間が参考とすべき?『弱気な死人(ドナルド・E・ウェストレイク/著、越前敏弥/訳、ソニーマガジンズ)』を読了。
 借金まみれな生活に終止符を打つべく、保険金詐欺を企んだ夫婦。南米の小国で他人になりすまして審査を逃れようとするものの、次々と露見の危機が降りかかる。
 一難去ったらお代わりとばかり沸き出てくるトラブルの数々と、苦し紛れに捻り出されるその回避策に苦笑しつつ、その向こうのオチが見えない。基本的にユーモラスではあるのだが情景描写がじっとり系で、ハッピーエンドでも一転して陰惨な幕引きでも納得できる描き方なのだ。ジェットコースター的な盛り上がりには欠けるけれど、淡々と無表情に繰り出されるコメディ映画のような味わいだったな。


11月27日(日) 晴

 柚さんとねこまと3人で近在の神社の境内へ、定期的に開催されている骨董市を見物に行く。残念ながら、さのみ面白いものには行き当たらず。いや、本当はこういうトコで当たっちまうと怖いんだけどね。向こうのほうから「おい!こっち向け!」ってな気配がして、振り向いたが最後、「一期一会」をタテに物欲の女神様がプレッシャーかけてくるんで連れ帰らずにはいられない物ばかりだから。

 『鋼の錬金術師 12』を読む。いや〜面白かった!特に牛小屋リレーマンガの乳ネタが好きだなっ!ところでアマゾンに載ってるのと表紙が違うな、バックナンバーのセルフパロが見事と思ったのだが…ってネタの引っ張りすぎは見苦しいですね。別冊、まことにおいしゅうございました、ということでひとつ。
 本編は、本格的に脱・子供を始めた主人公たちを過剰に美化することなく真っ向から描ききって「見事なり!」。たぶんそんな場数を踏んで「大人」として居るのだろうなと思わせる男たちの絆(いや腐れ縁)、なにより女性&女の子たちの靭い姿がまた活きて、ここまでキャラクターを個性的かつ生彩こめて描く手腕には感服するばかりである。
 ホムンクルス側の事情や「父」の得体の知れなさも小出し具合が心憎く、いよよ期待は高まるばかり。ここまで次が楽しみな作品は近来稀、次号も忘れず予約しなくては!<まだ出来ません


11月28日(月) 晴

 コミックにおける表現は絵と文字からなり、作者によってその比重はさまざまだけど、この人は前者、しかも絶妙なタイミングのそれで「場」を作り出す。
 『ヒストリエ 3(岩明均/著、講談社)』
 主人公・エウメネスの少年期を語るこの巻、前半部はその「場」が至る所に張り巡らされている。育った家から奴隷として売られていく少年の叫びに揺れる人々、彼を港に見送るかつての友、口に出来なかった告白を胸に泣き崩れる男、彼の記憶に刻まれた女の表情の変化…それらの場面に言葉は少ないのに、描かれた人物の動きのひとつひとつが、読み手の肺腑を抉るような強さで目に迫ってくる。『寄生獣』から読み始めてほぼ全て網羅してきたけど、このテクには毎度やられっぱなしだなあ。
 個人的に最も涙腺を押されたのが、主人公を見送って駆け去る少女の姿。贈られた飾りを罵りの言葉とともに打ち捨てようとしながら、結局それを掴んだままの小さな手に、切なさがどっと押し寄せる。
 『寄生獣』以来のスピード感あふれる戦闘シーンにも魅せられるけど、こういう微妙な描写にはいっそ頭が下がってしまう。ええもう拝みますので…ぜひ早急に続巻を! <こればっか


11月30日(水) 晴

 『救命センター当直日誌(浜辺祐一/著、集英社文庫)』を読む。
 近年大ヒットした海外ドラマの日本版…というワケじゃない。こちとら小説めいた体裁に仕立ててはあるものの、著者ご本人の体験によるドキュメントものである。
 文章のプロではないゆえの瑕疵、わけてもMMRばりの「な、なんだってー!」形の台詞が頻出するのはちょっと、と思わないでもないが、生と死を分かつ局面を目の当たりにするごとき緊迫感はしっかり重みをもって感じ取れる。また取り上げられている状況が、どれも自分が立ち至る可能性のあるものばかりというのも引き込まれる点。いや、救急車に2回も乗せられた人間、たいした症状でもないくせにギャースカ騒いだ身としては、無残な事故の被害者や抗せざる病に倒れた人よりも、唾棄すべきバカ患者の姿に己を重ねて恥じ入るばかりですが。あの時膝を縫ってくれた先生、ほんとにスミマセンでした。
 患者のみではなく医師についても手ごころを加えることなく、真摯に悩む人から末は立派な藪の中ならんと思われる類まできっちり描く姿勢もまた好ましい。失礼ながら著者のご面相を拝見し、この人がベランメェ口調で自堕落患者に活を入れ、また不出来な見習の尻を叩いているかと思うと、なんか江戸時代の剣客のような印象に、さらに親しみが沸いてくる。きっと「センセー、お願いします!」と呼び出されているであろうドクター、今後もより一層のご活躍をお祈り申し上げますです。


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