店主酔言

書籍・映画・その他もろもろ日記

2007.3





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3月3日(土) 曇

 頼んでおいた『宗像教授異考録 5(星野之宣/著、小学館)』が職場に届く。休み時間を待ちかねて一気読みし、今回はインパクトのある1冊だったなぁと満足の吐息ひとつ。
 まず口開けが「道成寺」。星野氏で道成寺といえば『妖女伝説』シリーズ中の一掌編で、まさに蛇恋としかいいようのない激烈なヤツを描いておられる(ちなみに初めて読んだ星野作品がソレだった、遠い遠い昔のこと)が、今回のはそれと180度異なる視点で綴る、悲しい女の物語。恨むに足る事情を女に押し付けた男たちの歴史の終わりを、母子の姿に重ねてやわらかく結ぶ語り口が実にやさしい。
 2編目はお約束な話ではあるけれど、やはり氏の名作短編『アルデンヌの森』を思わせる、過去と今に重なる争いの構図。戦争という不可避の事態でない我欲のつき付け合いだけにむなしさつのり、なんともやりきれない後味が残る。
 で、3本目の短編は、歴史ネタとしては小粒ながら、素直な発想がゲストキャラクターの個性と重なって切なくも清々しい。タジマモリがかの木を持ち帰って後に何があったか知っていると切なさ倍増でもあるが、儚い面影の向こうに「人の想いの連なり」としての歴史へ思い馳せると爽やかな風が読み手にも吹き渡る心地する。…いや、当地で窓を開けるといまだにマイナス気温だったりしますけども。


3月4日(日) 晴

 起きぬけ、まずはハマりたての『仮面ライダー電王』鑑賞。今週も脚本と演出と芝居がイイ感じにかみあってて、30分退屈無し。台詞の端々にまで気を使ってあって、それがきちんと演じられてるのが観てて分かるんだよな〜。ここ数年の特撮ストレスが一気に吹っ飛びますぜ。
 キャラの立て方も上手いのなんの。椅子に仁王立ちになってテーブルにドカンと足を置く娘さんなんて、普通のドラマで出てきたらドン引きしちまう光景なんだけど、人外であるイマジンをどつき倒して見得を切る彼女には大笑いさせられてしまう。でもってそのハナちゃんが、小学生に「お姉さんも怖くて…」と言われたじろぎ素直に謝るあたり、実になんとも違和感無く可愛いのだ。
 そんな彼女にボコボコ叩かれる困った性格(卑怯を自慢するなよおい)のイマジンどもに憑依されヒエラルキーの最下位にいるらしい主人公もまた、ユニークな人物になっている。体力的には軟弱そのもの、精神的にも他人の押しや泣き落としに勝てないのに、こと誠実さについては絶対に譲らない一線を確固として持っていて、そのためならどんなに殴られようが死の危険にさらされようが断固として引かない彼はある意味実にタフなのだけど、この造形の妙味というのはなかなか出し難いのではあるまいか。そんな複雑な人物を違和感無く演じてしまう若き役者氏にも、併せて拍手を贈りたい。また来週も楽しみにしてるよ〜。

 午後はいつものように『CSI:マイアミ』。今回は新シリーズのニューヨークとのクロスオーバー・エピソードで、トーンの違いが面白い。1話完結のシリーズものって昔から好きなんだけど、この作品は特に好み。もういっそDVDボックス買って一気に観ちまおうかな。

 日が傾く頃、ねこまと街へ。ちょいと探し物をしてウロチョリングするも、望みにマッチするものなく撤収。とりあえず収穫は『秘密 -トップ・シークレット- 3(清水玲子/著、白泉社)』のみか。
 毎度ながら、怖いです清水さん。
 ストーリー自体は、実のところあまりインパクトがない。かつてある「秘密」を闇に葬った少年たちが閉鎖空間で異形の殺人鬼に狙われるホラー風味のサスペンスはわりとお約束なビジュアルだし、犯人像も途中で読めてしまうきらいがある。
 だがしかし、最後の1ページ、シンプルに綴られた文字を読むと、寒気を伴うほどのおぞましさが、どかーんと来る。『月の子』の終幕、ひとつの地名がすべてを闇塗って終わったように、物語を上回る乾いた現実の度し難さ醜さ生臭さを一気に突きつけてくるのだ。読み手は「ひいご勘弁」と後じさり頭をかかえるしかない。
 それにしてもこのシリーズ、死者の脳からその視界の映像を抜き出して犯罪捜査をするというところで「主観」のありようはどうなのかな、『ダーシー卿』のエピソードのようなことは起きないのかなと思っているのだが、今回のあとがきで作者自らそのことに触れておられたのが興味深い。ひょっとすると次回あたりはそのネタできますか?かなり描写の難しいものになりそうだが、ぜひチャレンジしてみていただきたいな。


3月11日(日) 曇時々晴

 ねこまと二人、自転車を買いに。目的地はネット仲間のTAKO'Sさんに教えてもらった自転車ドーム 札幌。相方がブリヂストンのベルト駆動自転車・アルベルトを欲しがってるのでお邪魔したのだが…いや〜、すごいわここ。およそ人が通る空間以外は全てチャリで埋まってますよおい。
 他店では品揃えの悪いアルベルトも、ほとんどの種類が置いてあってチョイスの幅が広い。また店主氏のガイド&アドバイスも的確で、各種調整まで細かくみてくれるのも嬉しい。
 というわけで相方の自転車の取り寄せをお願いし、僕は昨年バージョンのクロスファイヤー(MTBね)の黄色をゲット。今年はこれでツーキニストの仲間入りだ!
 ショップではまた、折りたたみ自転車の傑作モールトンも拝見。機能美あふれるフォルムも美しいが、夕張のつづら折れを70kmで駆け下りたという実績に驚嘆。いや、ご当地以外の皆様にはまったく理解できんでしょうが、車だと若葉マークは徐行するような道なんですよ。いつか宝くじが当たったらコイツで通勤したいもんだ。<仕事するのかよ


3月16日(金) 曇時々雪

 春なのに〜♪
 と窓外を眺めてついくちずさんでしまうこの2日間、一夜にして情景が変わるほどの雪が降っている。暦の上でも春なのに。つか、こないだ自転車買ったばっかりなのにコンチクショー。
 とか思っていたら、今日は東京で初雪が舞ったという。
 …名残雪にしちゃ、降る時をわきまえてませんな。つか、歌の彼女が去る先が北国だったりしたひにゃあ、電車は動きませんぜ。彼氏のほうは綺麗になった彼女を見つめつつ待ちぼうけ。
 いや、冗談はさておいて、卒業式シーズンの真っ只中にコレは当事者さんたちには気の毒な。特に振袖袴のお嬢さんとか大変だべ。いや待てよ、袴にブーツは結構萌えだよな。
 ねこま「ほー。んじゃ坂本竜馬とかも萌えますか」
 ………ふ、降りつのる雪よ、心あらば、今脳に焼き付いてしまったビジュアルを埋め尽くしてください。つかそろそろ諸共に融けて流れて消えてくれませんかしくしくしくしく。


3月21日(水) 晴時々雪

 青空から水が降りくるのを古人は「狐の嫁入り」と言いならわしたものだけど、そいつが凍っている場合はどうなんだろうと(いつまで続く)名残雪を眺める休みの日。いや正確には持ち帰り仕事が山積してるもんだから、休まらない日というべきか。いやいやしかし祝日なのだ、とりあえず積読の1冊も片付けたい。
 で、『散歩をこよなく愛する猫(リタ・メイ&スニーキー・パイ・ブラウン/著、茅律子/訳、早川書房)』読了。
 地域住民自主参加型の歴史再現劇(要はコスプレ&ロープレ)という、日本ではあまり見られないイベントの中、発生する銃撃事件。いい年齢をした大人たちの(一部みっともない)恋愛事情に田舎町の嫌らしさが絡み、ゼニと政治の汚い構図という更にえげつないものを背後に蠢かせつつストーリーは進むのだが、これが不思議と生臭く感じられないのは、かれらを観察し平静に分析し庇護を与えようとする動物たちの軽妙さによるものだろう。シリーズ序盤はそこらの距離感がいまひとつで、動物たちと人間の作中での住み分けが上手くいっていなかったのだけれど、今回のかれらの活躍は実に当を得ていて愉快である。まあ、最後の見せ場は流石にどうかと思うけれど。
 僕の好きなタイプの「前時代を知る皮肉屋の妖怪婆さん」とか、キャラクター同士の会話に浮かぶ「亜米利加ワーキングプア事情」なんていう要素も散りばめて落ちゆく結末は、ある意味意外性たっぷり。シリーズとして今後の展開が気になるネタもしっかり残り、あとを引く期待も十分に、訳もこなれてさくさく読める。ただ、校正ミスならん主語の入れ違えとか「〜が自分に家の池で」なんて妙ちきりんな文に出くわすと一瞬興が削がれるうらみは少々あるかな。このへんは出版社サイドの責任だと思うけど、最近とみに増えてるのはゆとり世代の就業にでもよりますか?


3月26日(月) 晴

 風の強い日、散髪に出た帰り、相方と本屋で落ち合う。
 ずっしりな収穫を抱えて帰宅した後は、ここしばらくの積読も合わせてコミック類を一気に読破。あまりに山盛りだったんで、とりあえず上位3冊だけの感想を、ぷはー。

 『ヴィンランド・サガ 4(幸村誠/著、講談社)』
 野蛮な世界に布かれた、それなりの政りごと。もとより武をもって成るそれに、野望を抱き智勇をもって挑む…のが主人公じゃなくてびっくり、の巻。もっとも、アシェラッドには腹に何か抱えている気配は登場からずっと濃厚ではあったけれど。
 己に流れる血の片方をその深みで憎んでいるらしい彼が、今後手下と読み手にどんな裏切りをかましてくれるか、非常に楽しみである。今のところ鬱々と修羅の道を進む主人公については、とりあえず叔父さんとの再会に期待してみよう。いや、ああいう戦バカって好きなんですわ、宗教的なものを含めたとしても。

 『鋼の錬金術師 16(荒川弘/著、スクウェア・エニックス)』
 相変わらずサービス満点、話の行方への想像を許さない展開で突っ走ってますな〜。今回、細かいギャグを散りばめつつ、深い想いのこもった台詞のやり取りが胸に迫るかと思えば激烈としか言いようの無い新キャラ登場、他方では宿怨の対決やら隠した牙を研ぐ歴戦の戦士やらと見所満載。しかしまあ、ここまで(一個一個はお約束とはいえ)魅力的な設定を山盛りにして、ちゃんと着陸できるのかなあ。牛さんの背中に揺られて参る先はいずこやら、とりあえず振り落とされないようしがみついていこうか。

 『エマ 8(森薫/著、エンダーブレイン)』
 メイドさんのメイポールという素敵にもほどがある特別版にあえて背を向け、若かりしケリー先生夫妻が表紙の通常版をゲット。アニメに興味はありませんし、芯の強い女性は好きなんです。え〜と、某お姉さまズ(上にもう一人いるとは思わなかったが)は芯どころじゃないんでちょっとご遠慮申し上げますが。しかしナンですな、エレノアのエピソードって、実はアニーへの注目を意図してるような気がするのは僕だけですか作者様。
 ちょいと感動したのが、タイムズをめぐるオムニバス的な1編。新聞をモチーフにした物語の綴れ織は、どこを切っても実に読ませる。台詞の無い部分の画でさえ、読み手の脳裏に小さな物語を自ずと描き出す気がする。こういう作品、また描いてみてほしいなあ、たとえば1枚のコインとかで。


3月28日(水) 晴時々雪

 猫が死んだ。
 雄の黒猫。名前はジェイク。去年の暮れに20歳になったばかり…とはいえ、ヒトに直せばかるく100歳越え、結構な長寿だったといえるだろう。
 通勤途上に受け取った相方のメールは、たぶん選ぶ言葉を見つけられなくて、とても短かったけれど。

 昔々そのむかし、中学生のみぎり、僕は一度だけ猫を飼った。黒猫で名前はプルートー。思えばマニアのお約束をスクエアに守るガキんちょだったわな。まあ、胸元に絞首台の形の白い毛並みは無かったから、詰めが甘い謗りは免れないけれど。
 で、月日は流れ、ねこまと2人住まいの家にひょんなことから雌の白猫・姫を迎えた。ヒトもいい感じに元気盛りの頃、もう1匹くらい増やしても…という話が出た時に、かつて寝起きを共にした猫の緑色の眼と精悍な顔を思い出したのだ。まあ、記憶は常に美化されてるもんで、そいつがやらかした悪さの数々とか馬鹿っぷりとかは後になるまで思い出されなかったのだが。
 「猫は黒に限るッ!」
 とわめく模造記憶のため、相方は新聞広告の「差し上げます」に載っていた黒い子猫を問い合わせてくれた。その日のうちにやって来たのは…生後2週間、腐ったミカン色の目をしたヤセチビだった。

 ヤツは、控えめに言っても変な子猫だった。
 まず、おそろしく食い意地が張っていた。この点、昨年拾った「ぼたん」の比では無い。腹が横にはみ出すくらい食べた後で、料理用(餃子をとじるため)に水溶きした小麦粉まで舐めた。下さった人がうちまで届けに来た時に妙にそそくさと帰ってしまった気がするのは、このせいじゃないのか。僕は今でも疑っている。
 それに、ひたすら跳ね回っていた。これは初め攀じ登り型だったのを、素足に爪を立てられて閉口したねこまが仕込んだのだけれど、結果、普通に歩いて移動するという事はコイツの遺伝子から脱落したのかと思うほどのホッピング猫になってしまった。
 だからといって登攀趣味が無くなったかというとそうではなく、ある程度高いところ(人の膝など)に上がるときは、跳べば届くのに爪を立ててクライミングなのである。シャム猫の父とアビシニアの母から濃厚な甘えん坊の血を受け継いでいるので、クトゥルフ神話の名状し難い皆さんよろしく人の後を跳ねながら追いまわしては「よじよじ」し、行く先々で悲鳴と絶叫が絶えなくなった。ホラー映画のようなヤツである。

 それでも、育っていくうちに目の色は綺麗な緑色になった。
 体重が増えたせいか「ぴょんぴょん癖」も消え、やがて「よじよじ」もしなくなった。まあ、滅多には。
 しかし。
 その後徐々に、恐ろしいほどのバカタレである事が判明した。叱られても3分どころか3歩で忘れるなんてのは基本、そもそも叱られているという状況が分かっていない。こら!という大声にこっちを向いて、大はしゃぎで駆け寄ってくるイキモノは初めて見た。
 また馬鹿のお約束で、高いところが大好きだった。冷蔵庫の上書棚の上、水槽の乗ってるラックのてっぺん(ここは水替えの時にバケツを乗っけるスペースなので、気づかずに作業していた僕は驚きのあまり頭から水を浴びそうになった)。おまけにそこから飛び降りてくる時に、足音を立てずに「すたっ」っというのが出来なかった。「どっすん」とボロ屋(大家さんごめんね)を揺るがす振動に、何度ビビらされたことか。あげく、棚から飛び降りざまに水槽に着地しようとして、ガラス蓋を突き破ってハマり込んだ。不法侵入に驚いた魚のケアに大汗かかされたのは言うまでもない。

 さらに、並外れた寂しがりのヤキモチ焼きで、後に「甘えん坊将軍」の異名を奉られることになった。戸外から帰った人を迎えに出てきて、やおら後足で立ってハグを要求する。寝ているヒトがいればもれなく上に乗る、訪問者には(普通の猫なら飛んで逃げる幼児にまで)片端から愛想を振りまき「接待部長」の肩書きももれなくゲットという徹底ぶりである。
 かてて加えて、幼少時の「ぴょんぴょん」は、この「甘えん坊」との合わせ技になって残っていたことが判明した。これこそ必殺の「強制抱っこ」である。甘え声を出しながら人の周囲を回り込み、正面から胸元めがけて飛びつくという荒技で、受け止め損ねた人間に幾度爪痕を残したことか。流血と絶叫。結局ホラー映画のようなヤツなのだった。しかも、お馬鹿な。
 黙っていれば美猫で通るのに、濃縮された甘えん坊の血はどうしようもなかった。相手が誰であろうと媚びまくり体を擦りつけ、床に寝転んで腹を見せながら大音量でゴロゴロいう姿には、猫族にデフォルトのはずの気品も気位も全く感じられないのだ。
 この気質のゆえか軟弱で、玄関から外へはほとんど出たがらなかった。階段を恐々降りていっても、風が吹いて木の葉がそよぐと脱兎の勢いで逃げてくる。まして他の猫と出くわそうものなら、それが窓越しであっても全力で撤退モードである。あげく、姫の後に逃げ込んでいた。まあ、自分にラブコールしていた野良の雄に、仁王立ちで威嚇していた姫もどうかと思うけれど。
 まさに知力体力並び立たずの生きた見本だった。これらに比べればミントの匂いが大好きなんてのは、猫としてどうよというだけの話である。
 そう、大したことではない。
 首筋に貼った湿布を、真夜中に生暖かい舌べろでざら〜りざら〜りと舐められヨダレまみれで飛び起きるだけのことだ、チクショー!

 そんなこんなで20年を過ごしてきたけれど、一昨年だったか、虫歯の治療をして急に痩せた辺りから、ヤツはだんだん僕らとの距離を広げていったように思う。
 高いところへは登らなくなった。
 ミントの匂いに興味を示さなくなった。
 後追いも、玄関へ迎えに出てくることもなくなった。
 名前を呼んでも返事をしなくなり、やがて振り向きもしなくなった。
 そしてここ数日、食事を摂らなくなり、水を飲まなくなった。
 みるまに痩せ、スカスカに軽くなった。
 涙目だったのが、膿んだような色の目脂を出すようになった。せっせと顔を拭いてやったが、嫌がることのほうが多かった。
 なぜか、あんなに怖がっていた戸外へ出ようとドアを嗅いでいた。向こうに夏があると思っていたわけではないと思うけれど。
 とうとう、甘えなくなった。
 昨日あたりからは、よろめきながら室内を歩き、すぐにへたりこんではうとうとしていた。しまいにはゆっくり座り込むことも出来なくなって、ばたんと倒れて頭を床に打ち付けたりしている。見かねて手を出すと、それが却ってわずらわしいのか、また無理をして歩く。また倒れる。
 そんなだから、長く患わなくて良かったとは思う。
 けれど、もうちょっと、せめて雪が融けて花が咲くまで頑張れなかったかな、とも思う。
 紫陽花の下に埋めて、ゆっくり土に還してやるつもりだったのだけどな。

今日の1枚


3月29日(木) 晴

 いつもの出勤時間より少し早い頃合、相方とふたりで家を出る。片手にでっかい紙袋を提げ、向かうは札幌市動物管理センター。逝ってしまった猫への、いわば最後のご奉公である。
 昨日、僕が出勤する直前にストーブ前の定位置に落ち着いたヤツは、そのうちいつもの寛いだポーズになり、そのまますうっと眠り込むように息をしなくなったと相方から聞いた。このポーズというのが、胸のあたりで前脚を組み、後足は長く伸ばして横たわるというもの。ソファで転寝しているおとっつぁんとか想像してもらうとあまり外れてないと思う、室内飼いの猫ならではの油断しまくりな姿勢である。まあ、普段そうしている分には別に問題はないんだけれど、これが死亡時となると厄介だ。
 なにが厄介って、そのまま死後硬直入っちまったんだなコレが。
 ただ静かに見送ってやることしか考えてなかった相方は、その時が過ぎてしまうと泣きながら棺桶代わりの段ボール箱探しを始めてしまい、ソッチに頭が行かなかったらしい。おかげで小ぶりな箱へ入れると足がにゅっと突き出す有様、仕方が無いので手近にあったバスタオルで包んでやったそうだが…え〜と、それ僕が寝るとき枕にかけてたヤツだよな。まあ、生きてる間もよく占領されてたけどさ。

 といった顛末で、公共交通に乗るワケにもいかず、タクシーでセンターへ。受付で用紙に記入、料金を払う。犬猫は一律5,100円だそうだ。
 …チワワからピレニーズまで、みんな一律なんだろうか。
 ねこま「あとここにカメってあるんだけど、大きなリクガメとかどうするんだろ」
 うむ、小鳥なんてのもあるなあ。どこからどこまでが小鳥なんだべ。
 などとボソボソ囁き交わしていたら、とりあえず種類で一律になってるんですよと、聞きつけた担当の方が懇切に教えてくださった。すいません、まさに猫を死なせた好奇心持ちです。<なんか違う

 ここでの火葬は預かったものをまとめて行い遺骨は戻ってこない決まりだ。係の方の案内で、たぶん炉のある一室にしつらえられた小さな祭壇で、形ばかりの別れをさせていただく。
 やっぱり、リラックスしきった形で固まっていた。
 真っ黒だった筈なのに、すっかりごま塩になってるなぁ。
 妙に手触りはいいままだなあ。そういえば、歯をやってから高めの餌を食わせてたし、ぼたんが来てからは張り合うようにがんがん食べてたっけ。
 そんなことを思いつつ、ひと撫でふた撫でしてやって、後をお願いして施設を出た。

 あろうことか未だ出社時間前なのに、空気はすっかり暖かくなっている。そういえば空の色も、突貫工事で塗り替えたように昨日とは違う。
 春は春、昔の春ならずとも、というところか。ま、我が身ひとつも元の身じゃなし。

翌月へ





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